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 群雄割拠  戦国武将伝
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 野中 重政

 野中 重政 (のなか しげまさ、生没年不詳)は、戦国時代の武将。徳川家康の家臣。通称・三五郎。

 天正7年8月29日(1579年)、家康の命で小藪村において築山殿を殺害する。

 その後、重政は城を出て故郷に隠棲してしまったと伝えられる。

 後に野中家では聾唖の娘が二人も生まれたため、重政の孫は築山殿の廟前に石灯籠を寄進し、慰霊に努めた。この石灯籠は今も築山殿の墓前に残っている。

 

 
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