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 群雄割拠  戦国武将伝
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 野間 資持

 野間 資持(のま すけもち、生年不詳 - 天正8年9月17日(1580年10月25日))は、戦国時代の武将。摂津国能勢郡野間城を本拠とした土豪・野間氏の当主。

 多田源氏の流れを汲む源高頼の17代後裔にあたると伝えられる。通称は豊後守。

 能勢三惣領の一人とされる野間氏は丸山城の能勢氏と行動を共にしていたと考えられており、『能勢物語』の記述などによると、資持は天正8年(1580年)に織田信長の配下であった塩川長満によって能勢頼道と共に川辺郡の山下城に誘殺されたという。

 若江三人衆の一人であった野間長前は同族とされるが、詳しい系譜関係は不明である。

 

 
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