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 群雄割拠  戦国武将伝
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 延沢 満延

 延沢 満延(のべさわ みつのぶ) は、戦国時代から安土桃山時代の武将。最上氏家臣。出羽国野辺沢城主。

 経歴

 延沢氏は天童氏を盟主とする最上八楯の一員であり、領内には延沢銀山を抱えていた。

 満延は武勇に優れ、天童氏らと共に山形城主最上義光と長きにわたり争い、しばしば義光を破った。

 最上八楯を降すためには満延を抑えねばならないと考えた義光は、天正12年(1584年)満延の息子・又五郎に娘の松尾姫を娶わせて満延を引き抜いた。

 この時、満延は降伏の条件として天童頼澄の助命を願い出た。こうして満延を失った最上八楯は崩壊し、天童城は陥落したが、頼澄はかねての義光との約束通りに見逃され、国分盛重を頼って落ちのびていった。

 同年、義光が谷地城主・白鳥長久を滅ぼすと、その旧領の一部を与えられている。

 天正18年(1590年)11月、義光に従って上洛した際に病に倒れ、翌天正19年(1591年)3月14日、京都にて死去。享年48。

 

 
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