平手 政秀
平手 政秀(ひらて まさひで)は、戦国時代の武将。織田信秀、信長の2代に仕える。尾張国春日井郡にあった志賀城の城主。
生涯
織田信秀の重臣として主に外交面で活躍、茶道や和歌などに通じた文化人で、天文2年(1533年)に尾張国を訪れた山科言継から賞賛を受けるほどであった。
天文12年(1543年)5月には、信秀の名代として上洛し、朝廷に内裏築地修理料4千貫を献上するなど、朝廷との交渉活動も担当していた。
天文3年(1534年)、信長が誕生すると傅役となり、次席家老を務めた。
天文16年(1547年)には後見役として信長の初陣を滞りなく済ませるとともに、翌17年(1548年)には争い中であった美濃の斎藤道三との和睦を成立させ、信長と濃姫の婚約を取り纏めた。
また三河の安城合戦においては織田信広への援軍を率いた。
うつけ者と言われた若年の信長の奇行に手を焼きつつも、根気良く諭し、常々諌めてきたが、信秀が死去して織田家中が不穏となる中で、天文22年(1553年)閏1月13日に自刃した。享年62。
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